Martin Logan 5

ESLの振動膜のコーティングについてよく話題になる。Diyaudio等で交わされているいろんな議論を集約すると、大切なのは;
・均一な薄膜を形成し、振動膜に大きな質量を付加しないこと
・適切な表面抵抗を有すること
・湿度で表面抵抗が変化しにくいこと
・UVで分解しにくいこと(特に、martin Loganのような布カバーのないタイプ)
である。

素人考えだと、金属蒸着膜などを持ち出して来そうだが、それはまずいらしい。中学生のころキッチンのアルミ箔を木の板の枠に接着し、ブリキの枠にスズメッキ線を並べてハンダ付けして原始的な発音ユニットを作ったことがある。直径6センチくらいで、膜と電極は5ミリ程度。バイアスは真空管アンプのB電源。出力管のプレートからコンデンサーを介して繋いでみたところ、ごく小さな音、しかも高音域しかでなかったが、澄んだ音は憶えている。アルミ箔でも音は出るが、振動膜の中で自由に電荷が動き回るのはひずみの点でまずいらしいことは1950年代から論じられている。つまり、constant voltageではなくconstant chargeでないといけない。

参考)Waker P J 1955 Wide range electrostatic loudspeakers.  Wireless World 208 - 211, Aug. 1955.

探せばもっと古い論文も見つかるだろう。

このWakerこそQUAD ESL57を作った人である。むろん製品としてのESLの元祖はJanszenだろうが。。。Janszenのはツイーターだったが、QUADは低音域、中音域、高音域の発音部と定電流駆動を組み合わせて音声帯域全域をカバーする3-wayの静電型スピーカに仕上げた。

その分、QUAD ESL57は3-wayとして完成されていて、いじり難い。1957年に得られる材料で最高の妥協を行い。素晴らしい製品に仕上げている。オーディオ機器を作り上げるのに大切なことはどこでどう妥協するかである。よく広告に「妥協を排して…」とあるが、あれはオーディオ・マニアを引き付けるための釣り書きである。多くのオーディオ・マニアはその文言を他のマニアに喋って自慢したいので、すぐ釣られてしまう。しかし、製品は、本当は妥協の塊なのだ。どういう高いレベルの結果が得られるように素材の長所・欠点を生かして妥協するかが重要である。そこに技術がある。上記の釣り書きにはよく魅了されたのだが、残念ながら懐が寂しくて実際に釣られた記憶は少ない。上の意見も半分は手に入れられなかった負け惜しみでもある。

constant chargeにこだわったQUADは振動膜の両面にナイロン被膜を塗布している。結構乱暴に刷毛でザザーッと塗ってある。やってみると分かるが、メタノールに溶かしたナイロンはすぐ乾くのでさっさと塗らないと分厚くなる。それを刷毛で伸ばそうとするとダマのようになって、一度全部剥がして塗り直しになる。ザザーッと塗るしかないのだ。

ESL57のナイロン塗布膜は結構厚い(8-10μらしい)。表面抵抗率は1010~1014 Ω□と言われている。ナイロンはある程度吸湿性があるので、湿度に影響されるだろう。QUAD ESL57に使われていたナイロンはI.C.I. (UK)製のCALATONと呼ばれていたものらしく、新品は手に入らないらしい。代替品としてアマチュアに人気なのは、DuPont製のELVAMIDE(8061、8063、8023R、8066などいくつかグレードがあるが8066がCALATONに最も近いと云われている)である。1014 Ω□となるとバイアス電極からの電荷が振動膜に行くより、セパレータやフレームから逃げていくような気がする。109~1010 Ω□をひとつの目標としておこう。

ESL57以外の製品版ESLは、QUAD ESL63も含めESL57よりは抵抗値の低いコーティングが使われている。QUAD ESL63で107~10Ω□らしい。ESL63ではナイロンではなくグラファイトなどを含んでいそうだ。constant voltageよりconstant chargeがよいとしてもこのぐらいの表面抵抗なら支障がないという判断だろう。また、ESL57では電荷が行き渡るのに時間が掛かりすぎる、つまり寝起きの悪いスピーカーなので常時電源を入れておかねばならず(電源スイッチも無い)、常時電源が入っているために集塵機となってしまうことへの反省もあるだろう。電源スイッチが無く、ヒューズもついていないのは現代の製品なら失格である。

Martin Loganの場合、当時は「振動膜表面から2ミクロンの深さに導電体を打ち込んでしまう」などと宣伝されていたようである。米国のレビューでは1オングストローム(Å)の蒸着とか書いてある。1 Å = 0.1 nmだから、これはこれで薄すぎる。真相は闇の中だが、蒸着だったらしいことしか分からない。蒸着方法などは昔と今では変わっているかも知れないし、アマチュアに真似できるものではなさそうだ。

アマチュアの場合、ESL専用に市販されている塗布液とか、フラファイト粉末を擦り込んでからふき取り表面抵抗値を調節するとか、カーボンブラックの入ったインク(タトゥーインクとか)を薄めてとか、帯電防止スプレー(ACL製の#2001や#2003、ライオンのエレガード、TECHSPRAY社のリクロン・クリスタル等々)とかいろいろ報告されている。この中で、リクロン・クリスタル・スプレーは欧米のアマチュアに広く支持されているが、ロットによって結果が異なるらしい。また、水で薄めて塗布している人もいる。いずれにしろ、表面抵抗計で見ながら製作すべきである。界面活性剤の塗布は湿度に影響されやすいかされにくいか、耐久性があるかどうか、ゴミが付着しにくいかどうかにも気を配る必要がある。

Diyaudioなどで人気のリクロンクリスタルからヒントを得て、SHOWAのSB-8というのを使ってみたことがあるが、今はディスコンになっている。リクロン・クリスタルは日本では高価だ。

ある種の帯電防止剤として5-10 nm厚の塗膜にできて1010 Ω□程度の表面抵抗値のものが市販されており、注目している。試してうまくいったら報告したい。アマチュアとしては少々寝起きが悪くてもいいと思っている。5-10 nm厚を刷毛塗で達成できるかどうかはちょっと疑問だが。。。耐久性に問題があれば、さらにその上にテフロン被膜を塗布するといった手もあろう。

電荷の分布に時間が掛かることは、バイアス電極を振動膜の周りに張り巡らすことである程度解決できるはずだ。Martin Logan CSLIIの場合、バイアス電極は広い振動膜の周囲だけである。周囲だけでなくスパーやリブにも張り巡らせればいいと思う。これはコスト増になるので、会社での生産には向かないが。

正確な値ではなくても振動膜の表面抵抗率は把握しながら実験したい。日本製のは安いので4諭吉以上する。発泡プラスチックに5センチ長の太いアルミ針金を5センチ間隔で平行に刺してプローブにして、006P乾電池と高抵抗とデジタルマルチメーターで測ったことはある。結構測れるものである。しかし、その都度いちいちつなぐのは流石に面倒くさい。Amazonを見ると安価な中国製のがいろいろ載っている。いろんなブランド名でも外見はみんなほぼ一緒。型式番号似たり寄ったり。多分だが、推測するに過去の日本や欧米の機種のコピー商品だろう。中のICが同じなら、校正の問題(正確性)はさておき、性能にほとんど差は無いのだろう。振動膜の表面抵抗率に就いては正確性といっても桁が違わない限りは問題ではない。買おうか買うまいか? Bentechという会社のは特に安くちょっと心配だが、会社のホームページにちゃんと乗っている。レンジは103~1012 Ω□と書いてある。温度測れるらしい。不法なコピー商品じゃないよね?

横に張るリブを排して縦に複数のスパーを入れるという計画だが、等間隔にするのか、それとも共振周波数がずれるように幅を変えた方が良いのかはじっくり考えよう。




















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